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よそさん、洛中を駆けずり回る

いっひ りーべ京都。あとは猫とかLGBTとか。

後天性LGBTQ

タイトルは私がつい最近目にした言葉である。原文のままではないし似通った言葉を見る事もあるので、今回はこの言葉をテーマにさせて貰おうと思う。

 

 

「後天性」「後天的」

 

 

この言葉は誰しも一度は耳にしたことがあるはず。近年広く認知されてきた言葉の一つだけど、この言葉を聞いて何をイメージするだろう。

 

私はこの言葉を聞いて後天性免疫不全症候群エイズなどが真っ先に思いつく。あとは後天性心疾患(詳しくは知らない)。病名、または医学的なことをイメージするし、多くはそうだと思う。


中には後天的女体化、幼児化などちょっぴりアブノーマルな言葉をイメージした人もいると思うけれども、ここではそっと薄い本、特にカカナルとかに閉じ込めておいてほしい…。

 

じゃあ、イメージではなく実際は後天性とはどういう意味があるのか。私は現代っ子であるので、すぐにGoogle先生に聞いてみた。

 

「生まれた時は通常ではあったものの、人間生活を送っている途中に事故や環境など様々な事柄を原因として持つこととなってしまった病気や障害の性質」(Wikipedia内 『後天性』より引用)とのこと。

 

 

…ほーん。いつでも検索上位にいるWikipedia先生の挙手の早さはとても感心するな。先生を疑うわけではないけど、辞書はどういう意味になっているんだろう。念の為。


で、いくつか調べてみると同じように生まれたのちに発生した病気や障害とするところと、生まれたのち身についたものとするところがあった。後者は遺伝的でなければすべて後天性ということ。言葉やマナー、感性など、生まれてから身についたものすべて。ほーん。

 

 

で、辞書やらWikipediaの説明をふまえて、「後天性LGBTQ」という言葉に対する印象は変わったか?私は初めて目にした時、「病気みたいな言い方やなぁ」と思った。実際の後天性の意味を調べても「やっぱり病気みたいな印象」である。やっぱりなんかマイナスイメージ。


生まれてから身についたものすべてなら私を作るものの大抵は後天性だし、わざわざ後天性と分かりきったものに後天性とつける必要もないし。であれば、そう定義しなければいけないものにつくべきもの。後天性自体が広い意味での言葉だとしても、実際使われるニュアンスとしては病気だったり医学的なことが多いんじゃないか…?

 

ここまで後天性という言葉について回りくどく話したけれども、なにより言っておきたいのは「後天性LGBTQ」という言葉に偏見を感じるということではなく、「後天性LGBTQ」とはなんぞやと言う本質のところ。


まあ、言葉のチョイスって難しいよね。受け取り方ってあるから、表現には気をつけようね。というところもある程度主張したくもあるけど、LGBTQは生まれ持ったものなのか?いや、元は性に違和感を感じずとも、様々な環境の中でLGBTQに落ち着いた人もいるよね?それが「後天性LGBTQ」なんだ…ということを話したい。

 

 

その表現を引用するとしたら私は後天性LGBTQになる。
なんとなく、ビアン界隈では引け目を感じる後天性LGBTQである。しかもバイ寄りであるからさらに肩身がせまい。完全に主観。

 

で、幼少期や学生時代に同性に恋心を抱いたり、成長する自身と変わりゆく性の相違に悩んだり、葛藤の中で甘酸っぱい思いや苦い思いをしたLGBTQではなかった。

 

学生時代は特に同性愛に偏見はなく(昔を思い出してみても何にも記憶がなく、同性愛という言葉を身近に認識していたか?というレベル)


同性に好きだと言われた時もあったように思うが、深く考えず異性に言われるのと同じように喜んだ記憶がある…細かいことは抜きにして、誰かに魅力的だと思ってくれることに純粋に喜んだような。今思えばこの時点でバイの気はあったのかもしれない。

 


そんな私がLGBTQという言葉を知ったのはつい3年ほど前。


今の恋人に出会い、付き合うようになってからやっと世の中における自分たちの立ち位置を理解した。

 

そのせいもあってか、恋人とのLGBTQについての認識のズレがたまに起きることが未だにある。私はビアンバーには一度しか行ったことがないし(恋人に連れて行ってもらった)、街中で手をつなぐことに抵抗もなければ、もう少しだけ時代が進めば同性婚も夢ではないと思っている。

けれど、あらゆる経験を積んできたビアン…恋人からすれば、思春期には同性愛を知り、バーで様々な人と出会い、世間体を理解して…って感じで、もっと考えは深く思うところもたくさんあるのだと思う。


私はそれが少し羨ましくもある。がくしゅうそうちのない現実世界では、恋人さんの経験値は私には振り分けられない。

 

同じレベルで物事を考えたい気持ちと、今のこの希望に満ちた考えを捨てたくない気持ちの狭間は、きっとしばらくは深い。